愛と平和への道

魂の輝きを目指すブログです♪

「でも」の使い方

みなさんごきげんよう

 

「でも」という言葉、

いつの頃からかネガティブの代名詞のように

言われ始めて、

悪者扱いされている印象があります。

 

しかしですね、

それこそがネガティブな思い込み

ってやつじゃあないんですかね。

と、私は思うわけです。

 

「でも」っていう言葉自体は、

良いも悪いもないはずなんです。

 

問題は、それをどう料理するか、

であるはずだと思いませんか。

 

「私、歌手になりたい。」

「でも、今からじゃ無理だよ。」

というこの場合の「でも」は、

まったく建設的ではありませんから、

良くない使い方と思います。

 

で、ほとんどの人が、

「でも」という言葉のイメージを、

このように持っているのではないかと

思います。

 

でも、

 

「でも」というのは、

むしろ、

ポジティブな他の可能性を探る扉を

開ける役目を果たす、

なかなか良い言葉でもあるのではないかしら。

 

「パンが一つしかないよ。」

「でも、半分こすれば一緒に食べられるわ。」

とか、

「今日は予定があるって言ってたよ。」

「でも一応だめもとでも聞いてみたらいいじゃない?」

とか、

etcetc..

 

「でも」をどんなふうに使うか。

「でも」のイメージをですね、

書き換えたら良いと思うのです。

 

 

絶望を希望に変える言葉としてのみ使う

と決めていれば、

「でも」は素晴らしい言葉になるはずです。

 

「でも」、明日があると。

「でも」、あの世でまた会えると。。

 

ちなみに、

単なる反論をしたいときは、

「しかし」を用いたら良いと思います。

家族間であっても、いや、であればこそです。

 

「でも」を反論に使うと、

全否定に聞こえやすいですよね。

 

なんていうか、

そもそも相手の話を聞く気もない

というようなスタンスに聞こえてしまうというか。

 

つまり、損なんですよね。

安易に「でも」を使うのは。

大抵険悪なムードを作り出すんです。

「でも」を反論に使うと。

 

ですのでね、

 

「でも、この前こうやって言ってたじゃない?」

を、

「しかし、この前、こうやって言ってなかったかしら?」

にしたら良いと思うのですよ。

 

どうでしょう?

 

なんとなく、冷静に建設的に話し合おう

という雰囲気に、

聞こえてきませんか?

 

「でも」は、どんなに冷静を装っても、

感情的に聞こえますが、

「しかし」は、

 

真剣になればなるほど、

なんだか滑稽になっていきます。

 

「でも」と言うことで、

自分自身の感情も不安定になりがちですが、

「しかし」というと、

冷静さを取り戻すことが出来ます。

 

そういう言霊なのだと思います。

 

だから、どうしても反論したいときは、

「でも」ではなく「しかし」を、

使ったら良いと思うのです。

 

「私、最近ちょっと太っちゃったかしら。」

「そうかもしれないね。でも、生命力に溢れて、

 益々魅力的になったんじゃないかな。」

 

「会社解雇されちゃったんだ。」

「でも、新しい生き方が出来るってことじゃない!?」

 

でも、~ある。

でも、~出来る。

 

こんなふうに、

セットでインプットし直してみたら、

良いのではないかと思います。

 

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