愛と平和への道

魂の輝きを目指すブログです♪

魂の春夏秋冬

   みなさん ごきげんよう

   お腹いっぱいになったら食べられなくなるように、足りてるものは求めなくなります。

   とすると、魂のマクロの視点で見てみると、この世で執着して持ってるものこそ、実はその魂に一番無いもの、という、禅問答のようなことになるんですね。

 と、さて。

    魂の旅路は元々光であることを思い出すまでの旅路で、昨日の記事にも書いたように、菱形の頂点に向かって膨らむ春夏、萎む秋冬、のサイクルを繰り返しています。ですから、例えば、春分の日秋分の日は同じように見えて、まったく違うものになるわけです。

 春分の日は、頂点はこれからのとき。秋分の日は、すでに頂点は経験済みで、次の次元への準備に取り掛かっているときです。春分は花を咲かせることが目標で、秋分は収穫と余暇が目標になります。

 昨日の投稿で、あの世が春夏で、この世が秋冬というふうにも言いましたが、この世という秋冬の中にも、さらに春夏秋冬があります。相似形になっているんですね。ちょっと難しいでしょうか。

 そしてさらに、今、自分という魂が、春夏秋冬のどのあたりにいるかを知るには、物金権力世間体にどのくらいのウエイトを置いているかでわかります。それらに一番価値があるという価値観は、花を咲かせるエネルギーです。それらにあまり興味がないなら、花を咲かせた後のエネルギーということになります。

 秋冬は、あの世という次なる春への準備になりますから、必然的に、物質世界であるこの世的なエネルギーから離れて、精神的なあの世に近いエネルギーに、重きを置くようになっていくわけです。

 ちょっと言葉にするとややこしくなりますがね、マクロでみると、この世は秋冬なんです。修行の場です。そして、その秋冬の中にも春夏秋冬があって、さらには個々のそれぞれの春夏秋冬の魂が混ざり合って存在しているのがこの世です。ちなみに今のこの次元は、秋前半くらいなところでしょうかね。

 秋冬という修行の場であるこの世の、秋前期クラスに、春夏秋冬のそれぞれの魂が、混在しています。まだ夏エネルギーをひきずっている感じは大ありですけれどもね。そして、膨張という特質上、春夏の魂が幅を利かせてしまうのは、ある意味仕方のないことでもあるとも言えそうなんですけれども。

 しかし、全体としては、秋を深め、冬に向かって行かなければいけません。たくさんの実を収穫して、保存食などに加工してストックし、冬はその恩恵を受けて、暖かい部屋でゆっくりと休息する平和な時です。

 とにかく今は、紅葉を愛で、落ち葉を悲しむのではなく喜ぶべきときです。収穫に感謝をするときです。勢いに任せるだけでなく、むしろやることはたくさんあって、知恵を使う時でもあります。出しっ放しの夏服や遊び道具はしまわなければなりません。

    さぁ、秋冬の魂がしっくりくる時代に突入していきます。しつこいようですが、春夏の魂は秋冬の素晴らしさを知らないので、いやもう一回花を咲かせようと言ってくるかもしれません。収穫と休息の余裕のあることの素晴らしさを、秋冬の魂は広めていかなくては。

   昭和の高度成長期には、秋冬の魂よりも、春夏の魂の方が生きやすかったことでしょう。しかし、これからは、逆転するはずです。今まで我慢していた秋冬魂さん、出番です。

 ピンと来た方は、どうぞよろしくお願いします。

 

 

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