愛と平和への道

魂の輝きを目指すブログです♪

私たち人類の物語

 今朝一番に、首里城が燃えている衝撃的な画像が目に飛び込んできました。とてもショックですね。しかし、誤解を恐れずに言いますが、つい先日の多数の河川の氾濫の画像の方が、あの中でたくさんの人々がお亡くなりになられていることを思えば、そして生活の場を奪われてしまったことを思えば、よほど衝撃的で悲惨なビジュアルだったのではないでしょうか。

 しかし、炎の方がインパクトと脅威の強さがあるせいか、少なくとも二次元のビジュアルにおいては、首里城の火事の方が、たくさんの人々が直接的に被害を受けた水害よりも、それを傍観している人々のショックがどうも大きいように感じます。

 そうだとするなら、それはつまり、はっきり言って、想像力の欠如ではないでしょうか。もしくは、他人の命や生活がどうなろうと関係ない、自分さえよければいい、という感覚が、蔓延してはいないでしょうか?もしくは、水害が続きすぎてすでに慣れてしまったのでしょうか。

 

 一方、人の命や生活を守るために民主主義の名の下に集められた税金は、その目的の予算はどんどん削られていき、武器や一時的なイベントのために使われています。災害復興のために使われる予算は、武器購入の予算から見たら、スズメの涙ほどです。そして、行政力がガラガラと音を立てているように聞こえるくらいに落ちていると感じますが、税金で動いている行政がきちんと仕事をしないなら、それもまた、何をかいわんや、です。

 

 はっきり言って、社会システムの崩壊が加速していると感じます。終わりの始まりとでも言うのでしょうか。しかしそれも、ある意味予定調和なのかもしれません。

 つまりこれらは、男性主体の資本主義の、終わりの始まりなのではないでしょうかね。問題は、膿を全て出し切らなければならないか、その前に舵を切ることが出来るか、にかかっているのだと思います。男性のやり方に異議を唱えに行くのですから、普通に考えれば、舵を切りに行くのは女性しかありえません。女性がアクションを起こさなければ、この世界は変えることは出来ません。

 世界を見渡してみれば、性教育の進んだフィンランドから、グレタちゃんという16歳の女子が、地球温暖化の改善を求めて、学校をストライキしたり、世界環境会議でスピーチしたことが話題になったりしたのは最近のことですね。そしてその後、そのグレタちゃんに触発されたというカナダの18歳の女子が、同様に地球環境を改善しない限り、子どもを産まない宣言とキャンペーンを行い、数時間で5000人の賛同者が集まったということもニュースになっています。

 

 首里城を失ったことは大きな悲しみではありますが、地震原発事故や水害で家を失った人は、そのことの方が悲しみは大きいことでしょう。孤独に悲しみを乗り越えて生き抜いていかなければならないストレスは、どれほど大きなものでしょう。そういう意味では、今、首里城を住処にしている人はいないわけですから、観光によって収入が危ぶまれるという間接的な怖れがあるとしても、心の拠り所になっていたかもしれない事実があったとしても、緊急に命や生活のダメージを受けた人がいないという点においては、よほど今年の水害の方が悲惨であると、そう思うのです。

 これから、自然災害は益々増えていくことでしょう。あと30年以内に、甚大な被害を及ぼすであろう大きな地震津波が日本各地で起きることが想定されていますし、スーパー台風も当たり前になるどころか威力を増していくでしょう。地球温暖化に関しても、海水が上昇することで、いずれかの海岸に近い土地は海に沈み、家も土地も失う人が続出することでしょう。そして、主にアフリカ系の人口増とともに、食料難に突入していくわけです。

 もう、国としての日常が消えることは時間の問題です。まさにカオスとしか言いようのない無秩序な世界は、まるで今年の水害のように、まだ大丈夫、自分は大丈夫と思っていると、気が付いたときには床は水浸しで、逃げようと思ったら扉は水圧で開かない、という事態になりかねない、のではなくて、なるんです。

 

 飛び恥をご存知ですか?飛行機の移動は二酸化炭素排出率が高いので、ヨーロッパでは、むやみに飛行機を使うことを恥ずかしく思うところまで進んでいます。オランダ航空は、当事者でありながら、なるべく鉄道を使うように促すCMを流しているそうです。環境を配慮しないなら、そもそも企業として生き残っていけないことを危惧するからだそうです。

 とはいえやはりそれはレアケースです。ほとんどは、人類の危機に陥ることがわかっていながら、何もしようとしないのが現状です。それはなぜでしょうか。頭では理解していても、明日の生活のためにお金を稼がなければならないからではないでしょうか。

 つまり、今起きていることは、この世で一番大事なものを実質的にお金にしてしまっているということを、突きつけているのだと思います。そう、命よりも。

 その当然の結果として、命が危ぶまれる地球環境が生まれ出され続けているのでしょう。が、どう考えても、このままでいいわけはありません。

 災害を防ぐとか、海を綺麗にする装置を発明するとか、そういうことが求められているのでしょうか。そうではないと思います。私は、資本主義の崩壊を迎えつつ、それに替わる新たな世界を構築することが喫緊であるのだと思います。

 

 新たな社会システムは、社会主義と資本主義のハイブリッドが良いのではないかと私は考えています。社会主義は怠惰になりすぎていわば液状化して崩壊しました。資本主義はどこもかしこも炎上して焦がしてしまっています。ですので、その二つを調和させたら良いのではないかと思うのです。

 最低限の生活資金は誰でも受け取れるという社会主義をベースに、そして、例えば日本なら、道州制にしてそれぞれの権限を大きくして、それらにある程度の競争原理を取り入れる。けれども、その報酬の価値は、貢献という価値基準で図られる。

 また、近未来、には、婚姻というシステムも崩壊すると思っています。なぜなら、科学技術のおかげで寿命が延びれば、反比例して一生添い遂げるということの難易度は下がるからです。人生150年がスタンダードになった時、一人の人と130年間一緒に生活することの難易度は一気に下がるでしょう。けれども、男女の差別が無くなり、個人が成熟し、尊厳も確率されるなら、一生添い遂げるかどうかということの意味は話題にもならないくらいどうでも良いようなことになるはずです。

 

 個が確立され、様々な差別なく、子どももみんなで育て、明日の糧の不安なく、愛し合い慈しみ合うことがスタンダードな社会に、長い目でみれば、向かっているはずです。

 壊れてなくなってしまう物質的な価値は、資本主義時代の象徴に過ぎません。本当に大切な“心”は、自然と共にあるのではないかしら。実際、物が壊れるより、自然が壊れることの方が、重大なことです。

 新しい世界までの道のりを、どう構築していくかは、今生きている私たちにかかっています。とことんまで苦しまなければ氣づくことが出来ず、後悔しかアクションの原動力になりえないのか。それとも、まだ川の水位が氾濫危険水位に達する前に行動に移すことが出来るか。

 町に一人も被災者が出ないとしたなら、それは、一人ひとりが自分の意志で避難したからに他ならないことだと思います。

 声を掛け合いながら、安全な場所を目指して、計画を立てつつ柔軟性をもって、アクションを起こしていくことが、大事だと思います。アクションとは、まず知ること。そして考えること。誰かと話し合ってみること。何かのイベントに参加してみたりすること。何かとつながること。今までと異なる行動パターンをしてみること。務めて生活習慣をエコなものに変えてみること。食生活を見直すこと。etc。

 

 新たな世界の構築は、今までの歴史を全否定することではありません。それは、大人が子ども時代を否定しないのと同じです。否定するどころか慈しむのと同じです。

 ただ、私たちは成長していく必要があるのだと思います。さらなる真の平和を目指して。

 

 

※世界の平和に向けて~アースコーラスプロジェクト~

コアクワイヤーMMGも平和に向けて活動しています。どうぞあなたの居場所にしてください。お待ちしています ♪

●11月の練習日は・・・

①11月10日(日)16:00~18:00(2階大)in田端

11月17日(日)13:00~15:00(2階小)in田端

11月24日(日)16:00~18:00(2階小)in田端

お気軽に体験に来てくださいね。