愛と平和への道

魂の輝きを目指すブログです♪

迷うけど迷わない

 みなさん ごきげんよう

 魂を磨くとき、ステージが成長出来たと思う時、そんな時であるほど、世間でネガティブと言われる、迷いや、悩みや、怖れや不安から動揺している自分を感じて、落ち込んだりしていないでしょうか。まだまだだな、とね。

 理想像とのギャップがあるのは当たり前のことです。だからこそ、成長を目指せるわけですから。だから、ギャップは悪いことではありません。ギャップを認められないとしたなら、それこそが未熟であることの証です。人は皆未熟者です。それを、開き直らず、くさらず、淡々と乗り越えていくしか、ないんですね。現在地を恨むことなく、感謝の気持ちで臨んでいきたいものです。

 そもそも、迷いや、悩みや、怖れや不安が無くなることなどないでしょう。けれども、冷静に見つめてみてください。迷いや悩みや怖ればかり、でもないですよね?でも、振り返ったなら、迷いや悩みや怖ればかり、の時があったのではないでしょうか。10のうち、9以上が迷いや悩みや怖れだった頃からすれば、まぁ良し、と思えることが1から2に、2から3に増えていませんか。それなら、それはものすごく喜ばしいことですよね。

 この世にいる以上、迷いや悩みや怖れが、ゼロになることはありません。愛があればこそ、ありません。2くらいの割合の迷いや悩みや怖れは、車のアクセルやブレーキでいうところの遊びのような余白として、残しておいた方がいいんです。

 10割は、あの世に還ってから、思う存分楽しめます。この世ではこの世のルールに則って、他者とつながり寄り添うために、そんなマインドの余白を残しておきましょう。迷いや悩みや怖れを感じたとしても、悪者扱いするのではなくて、そりゃそうだと、当たり前のこととして、受け止めるようにしたいものです。家だって、生活していれば埃が溜まります。生きているからこそです。生活していないと、生活している時のような汚れは溜まりませんが、家は使い物にならなくなります。そこに汚れがたまるからこそ、綺麗になるのではないかしら。

 わさびやしょうがも、辛いけれど、美味しいし殺菌作用があります。迷いや悩みや怖れは、ワサビやしょうがのような薬味として扱えばいいですね。無いよりあったほうが、いいものですよね!

 ただ、あえて言えば、クオリティはあります、確かに。質の悪い迷いや悩みや怖れより、極上の迷いや悩みや怖れの方が良いです。

 どうしたらその違いがわかるか。

 その答えは、いつも言いますけれどね、基準は、真善美です。
 誰かを傷つけたり心を大事にしなかったりするベクトルなら、その悩みや怖れは異臭を放つことでしょう。けれども、ピュアな愛を軸にしているなら、その悩みは誰にも害を及ぼしません。

 誰かがこんなことしてるから、あの人だってあんなことしてるんだから、このくらいいいだろう、という他人軸は、真善美ではありません。嫌われたくないからというのも、エゴですね。真善美ではありません。そういうものを基準に考えていると、答えが導き出されてこないので、永遠と悩み続けることになります。

 真善美が身についてくると、自分の心が納得して治まることをわかるようになるので、迷うけど迷わない、悩むけど悩まない、怖いけど怖れない、になっていきます。禅問答のようになってしまいましたが、きっとおわかりいただけたと思います。