愛と平和への道

魂の輝きを目指すブログです♪

今、出雲の理由

 みなさん ごきげんよう(^-^)

 あちこち行ってみたいという欲のあまりない私ですが、昔から、なぜか、出雲だけは行ってみたいと、漠然と思っていました。今年になって、リサイタルという願ってもない形で出雲(の神様)に呼んでいただき(と思ってる)、(特に理由はないけれど個人的にはまさかの)龍神からコンタクトをいただいて、この年齢になってようやく、龍神を受け入れるようになってから、なにかと出雲というキーワードに、訴えかけられているように感じます。

 一昨年から昨年にかけて、古事記のやまとかたりを学びましたが、それも、布石の一つであったのだと、今になってわかります。

 日本人は世界的にみた場合、温厚と言われるのだけれど、もしかしたら、そうでもないのかもしれないと、もしかしたらの古代史から、思い始めています。

 さて。戦の記述は、勝ち組の都合の良いように書かれる、というのは常識です。これから学びを深めたいと思っているところですが、単純に現時点で観えることは、つまり出雲の国譲りというのは、元々日本に豊かに暮らしていたグループが、後からやってきたグループに侵略された、ということなのでしょう。そして出雲は邪馬台国でもあって、負けた方だから、あまり文献は詳しく残されていないのでしょう、ということなどなのです。

 私は、西をルーツにしていません。父方は山形です。が、実は、東北と出雲のDNAの一致がみられるのだそうです。東北に、神様に捧げる食べ物を表すアベという苗字が多いことを不思議に思っていたのですが、なにかそのあたりに理由があるかもしれませんね。

 そんなことを知ってどうなるというのか、という話ではあるかもしれませんが、元来、元々のそもそもの源が氣になる性分の私としては、探らずにいられない分野です。

 この世は、創造神の夢の中の世界であると思っていますが、そうだとしても、もっと、この世のからくりを掘り下げていきたいという欲求があります。

 また、私が出雲に何かご縁があるかもしれないからといって、今の日本を当然のことながら否定するものではありません。出雲と大和という対立が、かつてあったかもしれませんが、平和主義の私としては、そんなはるか昔の因縁をどうこういうつもりなどあるわけもなく、ただ、純粋に、知りたい、というだけの話です。

 日本は、水の豊かな国ですが、水の神様に関する記述に、曖昧なところが見られます。それは、おそらく、出雲に関わる神様であったからなのではないかと推測出来ます。私が龍神に呼ばれた地が出雲であったことからも、そんなふうに思えます。龍神と水は切っても切れないアイテム、というか、水の神様そのものでもありますね。

 水は、浄化するもの。このタイミングで、龍神に出雲で引き合わされたことは、(人によってはいきなり話が飛んだように感じられるかもしれませんが)、陰こそが浄化であって、陰の開放の時を告げられたのではないかと思うのです。出雲を山陰とは、よく言ったものです。

 陰とは、つまり、女性性のことではないでしょうか。羊水で命を育むというのも、女性と水という陰のエネルギーが、陰、という言葉の印象とは裏腹に、光そのものであることを示唆しているように感じます。

 陰、というのは、暗い、とか、かげ、というよりは、ピュアであるもの、という意味合いが強いのではないかと感じます。ピュアであるがゆえに、あらゆるものに一見染まってしまったように見えます。しかし、ピュアであるものの本質は、何があってもピュアのままなのです。

 極端な言い方をしますが、陽は攻撃、陰は癒しとも言えるのだと思います。ですので、男性は陽で、女性は陰なわけです。単純に明るい暗いの話ではありません。

 陰=ピュア=女性。今、この陰のエネルギーの開放を、促されているのだと感じます。つまり、女性性の開放です。それはすなわち、ピュアなエネルギーの拡大です。浄化と癒しのエネルギーの拡大です。一言でいうならば、平和、でしょうか。

 とことんまで戦うのではなく、条件とともに国譲りをした、平和的な出雲。荒々しいと思われている龍神ですが、実は穢れを嫌うだけであって、ピュアであることを守り続ける、陰という精なる正のエネルギーです。陽というエネルギーは、実は好戦的な負のエネルギーと言えるのかもしれません。

 一筋縄ではいかない、エネルギーのバランスに気づき、調和をとるように、促されているように感じます。

 龍の国、日本。一丸となって、平和を創っていくときなのかもしれませんね。