愛と平和への道

魂の輝きを目指すブログです。

誤解されていると感じた時

 みなさんごきげんよう!

 誤解されているみたいで・・と、ご相談をいただきました。掲載のご了承を得ましたので、そのことに関連して書いてみようと思います。おそらく、一度や二度は、そんな体験をされたことのある方がほとんどなのではないかと思います。もしかしたら、今そんな感じです、という方もいらっしゃるかもしれません。

 Hさんのご相談内容はこんな感じです。自分は何もした覚えはないのだけれど、急にAさんに避けられるようになったと感じていて、子ども同士の関係もあって、もやもやと悩む、とのこと。

 ありますね、こういうことね。気が付かないうちに、何か相手を傷つけるようなことを言ったりしてしまったのだろうか、と自分を責めて反省材料を探すもやはりよくわからなかったり、そういえば、元々自分を嫌っている様子のBさんと最近仲良くしているように見えるから、何か吹聴でもされたのだろうか、とか疑心暗鬼になってみたり。お気持ち、わかります。

 

 結論を言うならば、来るもの拒まず去るもの追わず、ですね。自分に反省点が見当たらないのならば、相手が確かに誤解をしているのかもしれません。誤解は、本人に確認しないところから始まる事象です。自分自身の感覚より第三者の言葉を鵜のみにした結果だったり、善意を悪意に受け取ってしまったり、相手にも様々事情があることを想像出来なかったり、いずれにしても、本人に確認せずに、または信用せずに、疑う方を選択した結果ですから、そういうものの見方しか出来ない状況にある人に、何かアクションを試みた所で、火に油を注ぐだけでしょう。なぜなら、誤解というのは、根本的に、自分は悪くない、と思いたい傾向が強い人にありがちな現象だからです。あなた誤解していると指摘されたなら、益々意固地になるのが普通です。

 

 何か出来ることがあるとしたなら、自分はそういうことをしないように心掛けること、です。人様を悪意を持って見ない。悪口を言わない。自分がされたら嫌なことは決して他者にもしない。そう心掛けて、人格を上げるチャンスです。自分に都合が良いかどうかで、他者を差別しない人格を身に着けるチャンスではないでしょうか。

 

 また、周波数の変化で、人間関係も変化したりしますね。どんな周波数であっても、似たような周波数の人がいるものです。孤立することはありませんから、大丈夫です。マジョリティだから素晴らしいわけではありません。マイノリティだから劣っているわけではありません。それでも、たった一人からでも、NOを突き付けられると、不安になるのもわかります。

 そんなときは、ただ一つ、愛を軸に生きているか、と、自分に問うてみてください。肩書や、名声や、損得を軸に生きていないか、ということです。もし、愛を軸に生きているなら、そのまま行けば大丈夫です。愛がわからない人は攻撃してきたりNOと言ったりするかもしれませんが、それでいいんです。

 愛という自分の軸がぶれてしまったら、追い詰められる一方になってしまいます。愛が伝わらない相手を許せるのも、誤解しているその人を許せるのも、誤解されている自分にOKを出せるのも、愛だけです。言い訳が必要ですか?物理的な問題が生じているなら、はっきりと主張することは大事ですが、そうでないなら、自分の愛を信じてさえいれば良いことです。自分が自分の愛を信じることより、強い愛はありません。誰かを信じるというのは、結局、信じる自分を信じているということですから。

 そのうち、同じように、自分の愛を信じている人に出会えるはずです。焦らず、一歩ずつ、自分のやるべきことに注力をして、笑顔で過ごしましょう!

 

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