愛と平和への道

魂の輝きを目指すブログです。

台風からのスピリチュアル論からの女性論

 みなさんごきげんよう。

 今年は、西日本に甚大な被害をもたらしている災害が多いですが、これらは温暖化が原因のようですから、地球環境の変化(悪化(させているのは人間だけれども))が改善されない以上、今後益々、狂暴化した台風やゲリラ豪雨等が、増えていくのでしょう。関東までやってくるのも、時間の問題かもしれません。そして、それはいつ来てもおかしくはないのだと思います。

 ところで、人生には、様々な気づきのための修行が待ち構えています。個人的なことと全体のことのバランスがとれるようになることも、一つの目標です。

 今回、Twitterを見ていて感じたことの一つは、その変化でした。昭和なら、どんな大きな台風が来ても、むしろ必死でなにがなんでも会社に行ったことでしょう。一番大事なものは会社、という価値観の時代でしたから。危険を顧みずに何かをすることが、まるで武勇伝のようにもてはやされることさえあった時代だと思います。けれども、今回は、会社のために命を危険にさらすことに、はっきりとNOをつきつけていることを感じました。(当たり前なんですけれどもね!)

 理由の一つには、平成になってから、自然災害に立て続けに見舞われて、その体験をする人が増えた(学んだ)ということがあげられると思います。そして、社会的背景として、終身雇用という言葉さえ死語になった流れも必然としてあって、バックアップしていると思います。

 個人主義が当たり前な西洋では、ハリケーンなどがやってくるときは、政府が外出禁止命令を出すそうですが、日本は、おそらくは歴史的トラウマのせいで、むしろそういう指令を出そうとしません。あれだけの自然の驚異が迫っているときは、個人プレーに任せていては、被害が大きくなるばかりに決まっているのですから、交通も会社も店舗も活動を禁止して、外出禁止令を出すべきと思います。

 それをしないのは、いつの間にか、政府や行政が、責任を取りたくないという方向に舵を切ってしまっていることにも理由があるように見えます。実は、先日発表された、荒川と江戸川が両方決壊した場合の浸水区域となる江東5区の協議の内容の、あまりにお粗末な内容の発表にがっかりして、提言を区に送ったのですけれどもね、その返答に、区民の意識が低い、という文言がありました。それは、だから自分で自分の身を守ろうとしない、というところにつながっていく文脈です。つまり、基本的に個々にどうにかするべき、ということが、一見柔らかい言い回しで書かれてあるんですね。

 個々の自由を守るためにこそ、全体に合わせる必要のあるときがあるわけですよね。そのあたりが、まだ、個人の自由にすべきところに介入しすぎたり、行政が主導した方が良いところを放棄していたり、アンバランスが多く目に付きます。本来は主権者である一人ひとりの集大成として、行政があるはずなのですから、個々も、もっと意見を言った方がより良い社会になれると思うのですけれども、そこもまだ、お上にたてつく、というマインドが抜けきっていないのでしょうかねぇ。

 行政は独立したものではなく、私たちそのものです。三権分立は、私たちそのものであるためにあるのであって、私たちと分権されているわけではありません。

 自分らしく自由に楽しんで生きるためには、政府や行政は、自分の拡大バージョンに過ぎないという意識が、これからはもっと必要になってくると思います。歴史的背景のせいで、政治のことを口にすることが疎まれる傾向にあるように見えますが、それは、特に一方向の政治的指向の強い人たちばかりが声高に叫んでいるイメージが強いせいだと思います。

 そうではなくて、そういうことを一度ゼロにもどして、私たちが生きていく社会を、私たちはどうしていきたいか、どうしていこうか、という視点でもって、創っていくものなはずです。例えば家庭に置き換えてみるならば、今度のお休みは何をしようか、旅行に行くならどこに行こうか、その資金はどうしようか、という話と、変わらない話なはずです。あそこの川は危険だから橋をかけよう、となったときに、町の人全員が協力するとは限らない、それでは何も進まないから、選挙で代表を選んで、どこをどうするかを決めてよろしくたのむよ、というシステムなわけですからね、意見を言う権利の無い人など、いないわけです。結局、バランスなんですね。そんなに行政が仕事しないのなら縮小させた方が良い、と決めるのだって、私たち自身です。

 決して大きな話ではありません。そばにあるというより、その中にいるという話です。起業もいいけれども、そういう社会システムの勉強も、これからの女性はどんどんしていった方が良いと思います。

 自分の人生をより良くしたいとき、それは、自分一人が頑張ってできることと、システムが邪魔をする、ということがたくさんあると思います(女性の方が医学部の合格率が低い等)。それは、知らなかった、からです。

 より良い国、より良い地球にしていくことで、自分も幸せになっていく。自分が幸せになることで、より良い国、より良い地球にしていく。一は全。全は一、です。

 女性にとって苦手な分野と思われている理系を選択する女子を、リケ女と呼んで久しいですが、今度は、経済優先ではなく人間優先のまつりごとに入っていくという意味で、マツ女?とかどうでしょう!

 そんな勉強会も、楽しそうですね~ ♪ 

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