愛と平和への道

魂の輝きを目指すブログです。

真理を軸に

 みなさんごきげんよう!

 こんなニュースが掲載されていました。ナイジェリアを扱った記事ですが、女性たちが、危険な漂白クリームを使用しているらしいのです。肌を白くすることで、美と成功が手に入ると、そう信じてしまっているからのようです。文面にもありますが、当然、植民地時代の弊害でしょう。

 

 これは、まったく、他人事ではないと思いました。私たち日本人だって、どれほど欧米を美化していることか。世界中の人の土地に勝手にヅカヅカと上がり込んで、こぞって植民地にしてきた欧州こそ、野蛮人で品が無くて偽善的と、私は思っているのですけれどもね。けれども、欧米人の特徴は、自分たちは絶対的に素晴らしいと思い込んでいるところにあると思います。そのあまりの自信に、他の民族は負けてしまうんですね。あまりに自信に満ち溢れた人を目の前にしたときに、自分も同じだから何も感じない、自分はこの人より劣っていて恥ずかしい、のおおよそどちらかに反応が分かれると思うのですけれども、大抵の場合は、後者なのでしょう。

 自信を持つことは良いことなのだけれども、欧米の自信の根源は、人を支配する能力を持っているという、弱肉強食主義に端を発しているわけです。多くを植民地にしてきたイギリスは、現在も、王妃の一年間の衣装代が1億円でありながら、生理用ナプキンを買えない女子が10人に一人はいるということからも、垣間見えているように思います。強ければ良い思いが出来る。弱いやつは弱いのが悪い、そういう思考が土台にあると思います。

 この、弱肉強食を根源にした価値基準に、まさにNOと言えないのが、弱さであり、本質を考えずに迎合しようとしてしまうことで、自分の首を絞めてしまう悪循環を生み出していることに、そろそろ気づいても良い頃なのではないかと思っています。

 

 勉強は必要です。知識がないことで、危険な物質を肌に塗れてしまうのだから。身を守るために、同じ過ちを繰り返さないために、勉強して知識を得て、応用する必要はあると思います。けれども、その勉強は、同じ人間を支配したりされたりするために使うべきではないと私は思っています。しかし現実は、そうなってしまっていないでしょうか。

 自分を自ら認めて信じる、ということは、装飾の美しいラッピングペーパーに包まれた支配主義に迎合しようとすることではなく、元々の人間としての崇高さや、命の尊さや、そして、愛という全人類に共通する一つの真理を軸にすることによる、自信である必要があるはずです。

 どちらが強いか弱いか優れているか劣っているか、という比較でしか人間を見ることが出来ないのは、貧しさ以外の何物でもないですよね。そこには、なんの建設的な視点もないのですから。貧しい強さに迎合するより、協力して皆が幸せに生きていく社会を構築するためにはどうしたら良いのかに、思考を巡らせた方が得策と思います。悪がさらに強さを増してしまうことに加担などしない方が良いに決まっています。

 心の豊かさこそ真の豊かさ。人間は思いのほか種類が多くて、ひな形など無いに等しいくらいだから、肌の色や背格好で優劣をつけるなど、貧しすぎることです。清潔にして身なりをそれなりに整えることは大切なことですが、必要以上にしようとするのも、必要以下で良いと思うのも、どちらも自己中心的という意味において、同じ穴の狢に見えます。

 一人ひとりが、この共有する一つの世界をどんな世界にしていくのかについて、少しだけでも、考えてみる時間を持つことが、これからとても大切なことになってくるように感じています。

 あなたの心は、豊かですか?