愛と平和への道

魂の輝きを目指すブログです♪

未来について考えよう

みなさんごきげんよう

 

100年の一度のパンデミックで、

価値観の変革を否応なしに迫られていますね。

 

思うに、これはやはり、

チャンスなのではないでしょうか。

新たにより良い社会に変えていける

チャンスの始まりなのだと思います。

 

通常、個人は、

自分のことで精いっぱいで、

いわゆる社会については

政治や科学者にお任せというのが

一般的であると思います。

 

自分の夢を叶えるには、

何よりも社会ありきなわけですが、

その社会についてはノータッチ、

という人が多いのではないかと思います。

 

ほとんどの人は、

見たことのあるものしかイメージ出来ません。

それについて集中して考える時間を

わざわざ設けない限り、

イメージすることは難しいのが普通です。

 

ということで、

生きる基盤である社会については、

個々の科学者が作り出す何かや、

政治や経済の権力欲を持つ者が

決定してきたものを、

 

そのままなんの疑問も持たずに

受け入れて、

その水槽の中で生きろという制限を、

わりと普通に受け入れて

皆生きていますよね。

 

がしかし。ここにきて、

 

香港が危ういことになったり、

インドの国境での衝突で死者が出たり、

国家ぐるみでオーストラリアを

何か月もサイバー攻撃し続けていたり、

尖閣諸島領域を70日以上も張り付いて

自分たちのものにしようとしたり、

日本の土地を恐ろしくなるほどに

買い占めたりしている、

 

残念ながら真っ当とは言えない、

平和的に物事を構築しようとしない

利己的な勢力が刃をむき出しに

しているという現実があります。

 

私は根源的に性善説派ですが、

この次元は自分の善に到達するには

今世では無理という人があまりに多いので、

現実的には性悪説を取るしかない、

というのが実情であろうと考えています。

 

善の人はあまりアグレッシブには

行動しないのですよね。

それこそが善なのですから。

 

結果的に、

アグレッシブに利己を追及する、

我欲をむさぼることにエネルギーを

最大限発揮する悪がはびこることに

なってしまうわけです。

 

とはいえ、

それらをこのまま放置しておくのは

得策ではありません。

善が押しつぶされていって、

とんでもない未来になってしまいます。

 

 

どうしたら良いでしょう?

 

現況は二者択一です。

 

社会を維持するために

個人の尊厳や命は犠牲になって当たり前

とする共産主義か、

 

個人の自由のためなら

個々が何をしてもOKで、

個々同士の衝突は仕方ないとする資本主義か。

 

私が思うことは、

これからは、

そのどちらでもない、

新たな価値が創造されて良い頃

なのではないか、

ということなんです。

 

資本主義は、

いわば個人の自由第一主義です。

もう少し言えば、

資本、というくらいですから、実は、

お金を儲けるためなら何をしても良い自由主義

というわけです。

 

ここが、まやかしなんですよね。

どんなに綺麗ごとを言おうが、

本質的な自由ではありません。

 

 

私は思います。

未来の地球は、

善主義になると。

 

共産主義も資本主義も、

結局どちらも、拝金主義であることに

変わりはありません。

 

本質的な自由は、

善の心があってこそ担保されます。

その善の心は、

拝金主義の中では確立されるわけがないのです。

 

建前上どんなに美辞麗句を並べ立てようが、

現実的には善は二の次の拝金主義なのです。

 

命よりお金が重い。

そういう世界です。

この、今の次元の地球は。

 

この地球は、

善を増やして、

周波数を上げていかなければなりません。

そうすることでしか、

次元を上げることが叶いません。

 

念のため言えば、

次元を上げることは全ての魂に共通する

大命題です。

 

人の行動の原動力は、

その人自身の心です。

そしてその心のつながりは、

とても強いのです。

 

悪意に太刀打ちできるものは、

善の心のつながりだけです。

 

 

最強の善の心のつながりとはなんでしょう?

 

それは合唱です。

いえ、

決して笑うところではありません。

 

なぜ、音楽が無くならないのでしょうか?

 

本当は誰でも持っている、

しかし普段隠さなければならない

もしくは押し込めておかなければならない、

 

善の心を

オープンに出来るからではないですか?

 

善の心をオープンにすることが、

心地良いのではないですか?

本当は、それらを誰もが求めていると

いうことではないですか?

 

ですので、私は、

地球同時大合唱を

目指しているのです。

 

 

根っからの悪人が

変わるわけがない。

そうかもしれません。

時間は少しかかるかもしれません。

 

それならなおさら

早めに始めなければなりません。

 

ハリウッド映画にありがちな、

近未来の退廃的な世界を

真に受けてはならないと思います。

 

きちんと思考をコントロールしないと、

そうなるのだと思い込まされます。

そちらの方に流されてしまいます。

 

誰も幸せではない世界を目指すなど、

して良いはずがありません。

 

人の幸せの土台は、

善です。

張りぼてのまがい物ではなく、

偽善ではなく、本物の善です。

 

本物の善の心は、

心地良い善の心は、

 

善のエネルギーしか持ちえない音楽

を通して繋がることで、

繋がることが出来るのです。

それが間違いのない確実な方法なのです。

 

 

本物の善の心が普通になったら、

貨幣価値は必要なくなります。

 

お金をくれないなら何もしない、

お金をたくさん持つことで権力を手にしたい、

という波動の低い人に基準を合わせた世界を

手放したなら、

 

善行そのものがご褒美であることが

当たり前の世界なら、

食料にしても何かの物質にしても、

無駄に廃棄するほど所有することもなくなります。

 

そのお金は自分が出したのだから

買ったものについては

自分が何をしても良いのだ

というマインドを生み出され、

そのマインドが、

ゴミを簡単に増やしてしまっていることに

繋がっていないでしょうか?

 

今の世界は、そんなふうに、

悪循環に満ちているように

私には見えます。

 

そう意味では、

善だけで成り立つ社会は、

今とはまったく真逆の世界です。

 

 

善の心だけが、

真のバランスを生み出します。

 

お金はそもそも

権力を持ちたい人間が生み出した

ものです。

ここ、重要だと思います。

 

真善美の法則に当てはめれば、

そもそもの始まりの真であるべきところが、

欲から始まっているのですから、

善に進み、美に終わることは出来ないのです。

 

もう一度言います。

善の心だけが、

真のバランスを生み出します。

 

真のバランスとは、

全てにおける中心点のことです。

 

 

中心点を見出す“鍵”が、

善なのです。

 

事象がことなれば中心点も移動しそうですが、

振れ幅の問題なので、

実質的に中心点は動きません。

 

中心にあるバランスポイントを目指して、

善のパワーをオープンにしていく、

善のパワーをオープンにしていっても良い、

のが、

これからの時代ではないかしら。

 

それで、

その方法は簡単なのです。

ただ、一緒に歌えば良いのです。

 

善主義で不幸になる人は

一人もいません。

 

不幸な人を生み出さないのが、

善主義なのですから。

 

時間はかかるかもしれませんが、

またここに生まれ変わってきたときに、

より良い世界になっているように、

 

善の心を尽くしていきませんか。

 

一はすべて。

すべては一。

 

個としての自分の中心点と、

世界の中心点は、

リンクしています。

 

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