愛と平和への道

魂の輝きを目指すブログです♪

どんな花かな

みなさんごきげんよう

 

芸術家でなくても、

自分を表現することは大切なことです。

 

だって、

生きることは結局、

何かを表現しているということです。

 

そのつもりがあろうがなかろうが、

表現しています。

 

自分の中にある何かを、

様々な手法で表現しています。

 

生きている以上、

それは表現しているということです。

 

何もしなくても、

それは何もしないという表現です。

 

自分の中にあるエネルギーが、

表に現れた状態が

表現なのですから、

 

表現ということについて、

考えないよりは考えた方が

 

生きることがより楽しくなるに

違いありません。

 

 

それで。

  

土の中にある種や根っこが

自分の本質だとすれば、

茎や葉や花や実が、

表現と言えるかと思います。

 

けれども、

ほとんどの人が、

自分の花がどんなものなのかを

知りませんよね。

 

ちなみに、ここでは、

花を咲かせるということを、

巷でいうところの成功するという意味で

使っていません。

 

むしろ、逆なのだと思います。

 

世俗的な押し付けられた成功が花

だという思い込みが、

 

自分の本当の花を咲かせることのできない、

足かせになってはいないですか?

 

自分の素のエネルギーを

感じ取ることが、

難しい世の中ですが、

 

それこそが、

この世のトリックの一つなのかも

しれません。

 

意図しなければ、

本質を見極めることが出来ません。

 

それはとりもなおさず、

意識させて、意図させて、

自分のエネルギーに気づくように

なっている、

とも言えるかもしれません。

 

それくらい、

自分の本当の姿を知ることが、

重要なのではないかしら。

 

自分の本当の花の姿を知るって、

素敵なことだと思いませんか。

 

私だってもちろん、

その旅の途中です。

 

私の花の姿はどんなものかしら?

 あなたの花はどんなに美しいかしら?

 

人は、花。

 

人の数だけ花がある。

 

自分という種には、

どんな花のDNAが

記されているのだろう。

 

湿地が好きな種なのか、

乾燥を好む種なのか。

 

太陽は当たったほうが良いのか、

少し日影が良いのか。

 

環境を間違えて、

茎ばかり細く伸びて

なかなか蕾をつけられないことも

よくあることです。

 

でも、

どんな状況にあったって、

どの種にも必ず、

生きる力が備わっています。

 

自分の生きる力は、

自分の種の声をよく聴くことで、

蘇ってくるに違いありません。

 

花が咲くには、

適した環境と、

 

真っ直ぐに花を咲かせるという

真っ直ぐな気持ちが必要です。

 

自分の種の本当の花を咲かせること。

そのことに必要なのが、

そして真善美です。

 

小さな真善美を、

細胞分裂するように

何度も何度でも繰り返して、

 

茎をのばし、

葉を付けていく。

 

花が大きいとか色が派手とか、

そういうことが素晴らしいのではなくて、

 

種と根っこと茎と葉と花が、

一致していることが、

美しいことではないかしら。

 

それが、

本物の美しさではないかしら。

 

ひまわりも、タンポポも、

薔薇も、菫も、つゆ草も、

木蓮も、ジャスミンも、

 

美しさに甲乙など、

つけようもありません。

つける必要について考えることなどが、

そもそもナンセンス。

 

美しい花々は、

他の花の邪魔にならず、

みんなが咲き誇ることで、

さらにお互いの美しさを

引き立てあっています。

 

そんな花をつけたい。

そんな花たちと一緒にいたい。

そんなお花畑で暮らしたい。

 

私の頭はお花畑。

大いに結構。

 

花は、

何度でも咲くもの。


惜しまず、
たくさん咲かせよう。

  

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